不安緊張

緊張や不安は克服するより、うまく付き合うほうがプラス。内向型人間の処世術

今回は、内向的な性格が嫌だったわたしに、少し気がラクになる話をします。

人前で話すのはなるべく避けたい、あがり症をどうにかしたい。
そんな風にずっと悩んでいましたが、結局どうにもなりませんでした。

小学校の授業参観で、手をあげて自由研究を発表するというものがありました。わたしには恐怖でしかありません。緊張で手なんてあげられません。けっきょくわたしだけ発表ができず、見学していた親に残念な思いをさせてしまいました。

大人になって、あがり症を克服できたかというと、まったく変わりません。
15歳のころとほとんど変わらず、ドキドキがとまりません。
でも、苦痛ではなく、内向的な性格や、あがり症を肯定的にとらえられるようになりました。それで、だいぶラクになりました。

なぜ、そんな変化があったのか。
2つの先入観を捨てたことです。
それと、緊張や不安をプラスにする簡単な方法を知ったことも大きいです。

そもそも内向的な性格は悪くない

内向的な性格や、あがり症について検索すると、「克服しよう」「克服したい」みたいな言葉がずらずらと並んでいます。わたしもそうだったんですが「内向的」「あがり症」は“直さないといけないもの”や“直したほうがいいもの”だと思っていました。でも、一度立ち止まって考えてみると、その前提がおかしいことに気づきます。

そもそも「内向的な性格はマイナス」という思い込みができてしまう原因は、学校での体験ではないかと思います。わたしはそうでした。学校では、手をあげて発言する人や雄弁に説明する人がほめられることが多いです。
そうした態度が素晴らしい、絶対的な善のように教えられます。
それはそれでよいのですが、たとえばこんな場面もあると思います。

●ものごとをじっくりと考えて、結論を出してからでないと手をあげて発言できない。
●配慮や気遣いが人より多く、手をあげるタイミングに戸惑っている。
●発表では、緊張してうまく話せないが、用意した資料の質はすごくいい

こうしたことは、注意しないと見えない部分なので、よっぽど優秀な先生でないと気づいてくれません。

でも、こうしたことが内向的な人の良さなのです!

なのに見落とされ、単純に「自発性がない」と片づけられてしまいます…。この経験が積み重なれば、自分の性格をマイナスにとらえても仕方ありません。

オールマイティにできる人なんてめったにいません。
以下のような前者もいれば、後者もたくさんいます。

【前者】 深く考えず、ありきたりな意見を積極的に発言する人
【後者】 じっくりと考え、頭のなかで整理して時間をおいて発言する人

【前者】 流ちょうなスピーチで人の関心を引くが、よくよく検討すると中身が薄い発表
【後者】 説明が下手くそでスムーズに頭に入ってこないが、内容が濃い発表

いずれも短所と長所があるのに、
前者は長所が見えやすく、短所が見えにくい
後者は長所が見えにくく、短所が見えやすい
ただ、それだけなのです。

つまり、外交的や社交的、説明得手であることがすべてプラスでもなく、内向的・あがり症・口下手がすべてマイナスでもありません。視点を変えれば、プラスにマイナスにもなりえます。なのに、学校生活のなかでは「外交的・社交的」のほうにスポットが当たりやすく、固定された「外交的=プラス/内向的=マイナス」がつくられてしまうわけです。

でも、よくよく考えたら、後者のほうにこそ本当の価値があるのではないでしょうか。今回の話は、アメリカのノンフィクション作家スーザン・ケインさんの著書『内向型人間のすごい力』が参考になったのですが、この本では、ガンジーをはじめ世界を動かした人物の多くが内向的だったこと、そして内向的な性格の特徴である「物事をじっくり考えること」や「相手への配慮」などが世界を動かす重要なファクトになったことが説明されています。

そんな「内向的」「あがり症」を否定してしまうなんて、すごくもったいない。克服するというのは誤りで、むしろ賞賛してもいいんです。

わたしは「あがり症」で本番に弱いことを自覚しているので、人前で話すときや、誰かに取材をするときは、事前準備に力を入れます。人並み以上に準備をしてると思います。そこまでやらなくとてもいいというぐらい。でも、それが自分の武器になっていると感じることがよくあります。もし「あがり症」でなかったらそんなことはなかったでしょう。

「あがり症」を克服することに囚われるのではなく、「あがり症」だからこそ生まれる長所に目を向けてみてはいかがでしょうか。

もし、学校の先生で、生徒の発言や発表の中身にはふれず、元気良さ、雄弁な話し方だけに注目している先生がいたら、生徒一人ひとりの本質を見ようとしていないのは明らかです。そんな先生にあったらハズレだと思えばいいです。先生みんなが素晴らしいわけではないのですから。

自意識過剰は誰なのか

もう一つは、心理学的な視点からの話です。

人前で話すのが苦手だったり、あがり症なのは、心理学的な視点で見ると、自分が世界の中心にいて、誰もが自分に注目し、その一挙手一投足を気にしているという過度な自己意識があるようです。

誰にも好かれたいから、失敗はできないし、みっともないこともできない。また、他人と違うようなこともできない。そんな恐れが緊張や苦痛としてあらわるようです。

これは、心理学者の根本橘夫さんの著書『人と接するのがつらい』で読んだことなのですが、ちょっと驚きでした。

まさか自分が「かまってちゃん」だったとは…。外交的な人のほうが「かまってちゃん」と思っていたのは誤った先入観で、むしろ孤独が好きそうな内向的な人のほうがそんな潜在的な願望を持っていたのです。

でも、この潜在的な心理を知ると、開きなおりました。
もう二度と会わないかもしれない人や、すっごく嫌いな人など、本来はどうでもいいような人にさえ、好かれたいと思い、それが緊張や苦痛になっているのですから。そこまで自分を良くみせたいかと意識するだけでだいぶラクになりました。

わたしは、大勢の人の前で話す機会があれば、「一度も会ったこともない人、これからも一生会わないかもしれない人にも、自分は好かれたいと思っているのか、アホだな」と唱えています、それだけで、だいぶ気持ちが落ち着きます。

緊張や不安をプラスに変える簡単な方法

この二つの先入観を捨てたことで、わたしは「内向的」「あがり症」との向き合い方がずいぶんと変わりました。昔はなんとかして縁を切りたいと思っていたものが、実は「いいやつ」でうまく付き合っていくほうがいいと180度考え方が変わりました。

とはいえ、緊張することがなくなるわけではありません。内向的な性格の特徴であるネガティブな感情が生まれやすいことも変わりません。
それはメリットをもたらしてくれるけど、過度になると問題です。
そこで、過度にならない対処法のなかで、わたしが気に入っているものが2つあります。

①「落ち着こう」と言い聞かせるのはダメ

ひとつ目は、アメリカの心理学者アダム・グラントさんの著書『オリジナルズ』で紹介されていたのですが、スピーチを控えている人に「落ち着いて」とアドバイスをするより「張り切っていこう」と言ってあげるほうが、本番で良い結果が生まれるという研究があります。

緊張しているときに「落ち着こう」とするのは、逆に不安を大きくさせます。興奮しているときはそれを止めようとするのではなく、ギアをハイにしたほうがいいようです。

なぜドキドキしているのか?それは不安じゃなくて「今、わたしは興奮している」「ワクワクしている」と脳に刷り込めば、それが本当になります。

ぜひ一度試してください。よい緊張に変わりますよ。

ちなみに、『オリジナルズ』では「人と違う創造ができる人は何が違うのか」についての心理学的研究が紹介されています。とても面白いですよ。

  脳のイメージで、不安を和らげる

もうひとつは、ドイツの臨床心理士クラウス・ベルンハルトさんの著書『敏感すぎるあなたへ』で紹介されている方法です。

こちらの本では、脳科学の視点から、ネガティブ思考は脳のネガティブなネットワークをさらに強くし、より不安症を強くするので、ポジティブな脳のネットワークをつくる訓練をしようと説かれています。

そのひとつに「パターン・インタラプト」という対処法があります。
たとえば、不安が頭から離れないなら、そのイメージが頭の右か左のどちらにあらわるかを意識し、もし右なら左へ、左なら右へとそのイメージをゆっくり移動させます。
そのほかにも、不安なイメージを頭に中でゆっくり小さくしていき、最後には点になるまで縮小させていくという方法もあります。

そんなことで効果があるのかと思いますが、一度試してください。
不安が小さくなり、すーっと気持ちが落ち着いていくと思います。

これらは一時的な対処法なのですが、根本的にポジティブな脳のネットワークをつくるトレーニングも紹介されていますので、気になったらぜひチェックしてください。

最後に参考になった本たち

『内向型人間のすごい力 静かな人が世界を変える』 (講談社+α文庫)
スーザン・ケイン著
古草秀子 翻訳

『人間関係の自我心理学 人と接するのがつらい』 (文春新書)
根本 橘夫著

『ORIGINALS 誰もが「人と違うこと」ができる時代』
アダム・グラント著
シェリル・サンドバーグ 解説
楠木 建 監修

『敏感すぎるあなたへ 緊張、不安、パニックは自分で断ち切れる』
クラウス・ベルンハルト著
平野 卿子 翻訳

お疲れさまでした。ありがとうございます。

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